得月院

Historic spot TOKUGETUIN

得月院(牛久市)

茨城県牛久市にある得月院は、文禄三年(1594年)牛久城に移り住んだ妙印尼輝子が開基した寺院。寺院の様々なところで家紋(大中黒)を目にすることができ、妙印尼輝子が命を賭して守り通した由良家(新田氏)の家名への思いを今に伝えている。本堂裏の墓地中心部には妙印尼輝子(法名 得月院殿月海妙院大姉)の墓石五輪塔があり、市の指定文化財となっている。現在では市指定文化財(天然記念物)で推定樹齢450年から500年の榧(カヤ)の木と、地元出身で近代日本画壇の巨匠 小川芋銭の菩提寺としても知られている。

得月院得月院入口。道路をはさんだ正面には駐車場もある
得月院境内の中心部に建てられている本堂
得月院本堂の屋根瓦や壁面には、新田一つ引(大中黒)の家紋が描かれている

得月院境内にある本堂庫裡再建記念碑には、金龍寺三十九世・山駿道大和尚により得月院の歴史が記されている
得月院妙印尼様の墓地は、本堂裏の墓地にひっそりと佇んでいる
得月院墓石は得月院五輪塔として、牛久市の指定文化財となっている

得月院本堂脇にある榧(カヤ)は、小川芋銭の作品「樹下石人談」のモチーフにもなっている
得月院現在、牛久城跡は本丸があった城山に、空堀や土塁を残すのみとなっている
得月院妙印尼輝子、由良国繁等が移り住んだと言われる牛久城だが、関ヶ原の合戦後の元和九年(1623年)に廃城となった

茨城県牛久市城中町258